Katate Masatsuka (方手雅塚)

Katate Masatsuka speaks.

Archive for the ‘Education’ Category

青春とは駆け抜けることだ

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人生は上がっては下がることの繰り返しだ。
成功の後には挫折が、幸せの後には不幸せが訪れるものだ。
それは波のようなグラフで表される。

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山になるところが成功であり、谷になるところが挫折だ。
山は不安定で、ちょっとでも戻るか進むかすればスルスルと谷へ落ちてしまう。
逆に谷は安定だ。少し頑張って進んだところで、また谷へと滑り戻ってしまう。
すなわち、成功ははかなく、挫折はそう簡単には克服できない。
ではどうするか。猛スピードで駆け抜けていけばいい。
なぜか。それが青春だからである。

成功ははかないゆえに、そこに止まろうとしてはいけない。
挫折を覚悟し、しかし猛然としたスピードで駆け抜けていく。
およそ一瞬の挫折を経て、次の山へと駆け上がる。
その山は、前の山よりも高い山かもしれない。
失敗や挫折を恐れてはならない。
それは必ず訪れる。
小さな成功に止まろうとした者は、たとえば「後悔」という谷に落ちる。

私が目指す山は、未だ目にした事のない途轍もなく大きな山だ。
だから私は駆け抜ける。
私の青春は止まることを知らない。

 

参考文献: 青春の高校数学

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Written by Katate Masatsuka

September 14, 2012 at 7:31 pm

やらなくてもいいことをやれるかどうか

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プロ野球選手になりたいというのでもいい、
多くの人よりも大きく一歩前へ出たいと思うとき、
果たして自分に出来るのだろうかと疑問に思うことがある。

はっきり言って、絶対に出来ないという理由は存在しない。
ただ、ほとんどの場合、努力することが必要になる。
そして、その努力は人並み外れたものでなければならない。

例えば、通常の練習のみでは、他の多くの者と同じような所までしか行けない。
その先へ行きたいのなら、弱点を克服し、より高いレベルへ進むために、否、
それが実現できるまで独自に練習を重ねることだ。
研究であれば、要求される結果を出して満足せず、常にその先を考え模索を続けることだ。
宿題であれば、よりハイレベルな宿題を自ら作成して解くといった努力を続けるのもいい。
これら人並み以上の努力というのは、実際多くの偉大な人間から学ぶことができる。

考えてみれば、そのような独自の努力というのは、元々やらなくてもよいものだ。
普通、人はやらなくてよいことはやらないので、多くの人は普通ということになる。
普通以上の人間になりたいのであれば、やらなくてもよい努力を重ねなければならない。
人並み外れた努力に才能はいらない。やるか、やらないか、それだけである。
ただ、重い腰を上げるためには、何か情熱とでもいえるようなものが必要かもしれない。

「僕、プロになれると思う?」と子供が聞いた。
「なれる。普通の人以上の努力をすれば必ずなれる」と私は答えた。

Written by Katate Masatsuka

March 4, 2012 at 8:47 am

Posted in Education, General, Research

子供に理想を与えてあげよう

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子供の育て方は様々。
いろいろあってどれも正解といったような意味ではない。
一人一人の子供の性格に合った方法があるという意味。

モチベーションさえ上げてやれば自分で育つ子供がいる。
「なぜこんなことが出来ないのだ。」
「何度いったらわかるの! 勉強しなさいって言ってるでしょ!」
子供によっては、こういった言葉は逆効果になることもある。

どうする? 理想を与えてあげよう。
たとえば、“人に尊敬される立派な人間”。
「立派な人間はあきらめず全力で努力する。その姿に人は感動するのだよ。」
「立派な人間は、人に言われなくてもやるべきことをやってしまうのだよ。」
一旦、子供が立派な人間になりたいと思ったら、あとは理想に向かって自分で進む。
大人はそのサポートをしてあげればよい。

ちなみに、私は子供達が人に尊敬される立派な人間に近づこうと努力を
続ける限り、大学やら就職やらのことはどうでもいいと思っている。
私は人に尊敬される立派な元ホームレスを見たことがある。

Written by Katate Masatsuka

September 6, 2011 at 10:45 pm

Posted in Education, General

できる海外子女教育

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海外に住む日本人の子供達の多くが補習校に通う。
週一回(たいてい土曜日)、日本語で国語や数学を学ぶ。

よく言われることは、「週一回では日本の学校と比べて
圧倒的に時間が少ない、よって全てを学ぶことは無理、
とりあえず日本語がある程度話せて、その上で簡単な
読み書き程度ができればOK」。または、「補習校は触れ合いの
場であり、学力を向上させる場ではない」。などなど。

確かに時間は少ないが、日本の塾と比べてみたらどうか。
私はかつて神奈川県の塾でアルバイト講師をしていたが、
まさに週一回程度の授業で、常に学校よりも先へ進んでいた。
だから、週一回でも十分全てを網羅できると思っていた。
そして実際ミシガン時代にそれを実践していた。

学校の方針は様々であり、保護者や生徒自身の考え方も様々だ。
私の場合、上記の経験がある為、出来ることをやらずにはいられない。

Written by Katate Masatsuka

July 21, 2011 at 5:27 am

Posted in Education

悔しくないか?ゆとり教育。

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ゆとり教育からの脱却が始まったようだ。
実は、私が学生の頃から既にゆとり教育は始まっていた。
高校時代に通っていた塾の先生に「昔は、こんなことは
中学でもう習っていたんだよ」と言われたことがある。

テレビや紙媒体でゆとり教育を議論がなされるとき、
たいがいそこには高校生の姿、意見がないように思う。
高校生の君達はどう思っているのかしら?

おっさんやおばはんに「ゆとり世代やなあ」だとか
「わしの頃はもっと勉強してたで」などと言われて
悔しいのではないか? おっさんらに出来て君達に出来ない
なんて、そんなことあるはずがないのだから。

かつてミシガンで片手間数学講師をしていたとき、
現行の教科書を逸脱してでも可能な限り教えられることを教えた。
「君達は日本の普通の高校生よりも多く学んでいる。
自信を持って日本の大学へ進学しましょう」と言いながら。
それは「青春の高校数学」の内容に反映されている。

Written by Katate Masatsuka

July 21, 2011 at 5:08 am

西暦と年号を簡単に変換できる数の覚え方

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暗記は時に難しい。そんなときは、語呂合わせのような工夫が役に立つ。
たとえば、31日より少ない月の覚え方で、「西向くサムライ」というのが有名。

意外と知られていないのが、西暦と日本の年号の変換を行う数。
例えば2011年は平成23年。
これは、2011-88=1923となって、その下二桁が平成になる。
というわけで、西暦と平成の変換数は88となる。
つまり、西暦を平成に変換するには88を引けばいい。
逆に平成を西暦に変換するには88を足せばいい(西暦の下二桁がわかる)。

ちなみに、昭和は25、大正は11、明治は67という具合になる。
この4つの変換数、88 25 11 67の覚え方はとっても簡単で、

88 25 11 67 = パパニッコリ、 イイ胸毛!

2005年のおっさんインタビューより。
「おっさん流暗記術、いい胸毛シリーズ!」

追記:ちなみに皇紀は西暦に660を足せばいい。語呂合わせは難しそうですが、例えば「五郎丸じゃなくて、ろ郎丸」とか。1-1-2016

Written by Katate Masatsuka

June 6, 2011 at 9:27 pm

エディアル補習授業校

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バージニアに引っ越してすぐ子供を近くの補習校に通わせた。
いろいろ一生懸命頑張ったが、どうやら目指すところが違うということがわかり、一年後に脱退。
そして自ら自宅で子供の日本語教育をすることを決意した。 そのときにHPを作成した。
それがhttp://www.yedialschool.com。

家でやる補習校、通称エディアル補習校では国算理社の全ての基礎を一週間に一回の授業で学んでいく。
日本で言えば塾のようなものだ。
本当に基礎にだけ焦点を当てればできないことではない。

海外子女教育に関してはいろいろと考えがあるが、それは子供が立派に成長した後に述べることにしよう。
今はとにかくやり遂げることだ。

Written by Katate Masatsuka

April 18, 2011 at 11:09 pm

Posted in Education

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