Katate Masatsuka (方手雅塚)

Katate Masatsuka speaks.

Archive for March 2013

死が悲劇なら、すべての人生は悲劇に終わる。

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ならば、いっそ最高の悲劇を作りたいと私は思う。
情熱を傾ければ傾けるほど、全力を尽くせば尽くすほど、
人生はより悲劇的なものになり、それは私の心を揺さぶる。

大した努力もなく成功する人生も悲劇なら、
凄まじい努力を重ねても挫折に終わったという人生も悲劇だ。
だが、それらは決して同じものではない。
それを目にしたときの心の揺れ方が決定的に違う。

悲劇が心を揺さぶるのは、悲劇に終わらないように見えて、
しかし最後はやはり悲劇に終わるからではないか。
あきらめた人生は悲劇にさえ感じられない。

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Written by Katate Masatsuka

March 29, 2013 at 4:20 pm

Posted in General

おっさんインタビュー「渡米から19年、ついにわしが堂々と日本を訪れることのできる時代が迫ってきた予感がしてきたで」

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平成25年3月13日のおっさんインタビュー
西川氏: 最近どうですか?

おっさん: まあ、ぼちぼちやな。

西川氏: 東京はどうでしたか?

おっさん: それはもう、ごつかったで。JAXAもごつかったし、 ホテルのマッサージチェアーもごつかったし、三鷹駅のスターバックスで見かけた梅図かずお先生もこれまたごつかったがな。

西川氏: (JAXAとマッサージチェアーを一緒にすんなよ) そうですか。それは良かったですね。土曜日には同窓会に出席したそうですね。

おっさん:  そうやがな。これがまたごついというか、ゴリってるというか。 何十年ぶりかにゴリったけども、顔をゴリって話をすれば、それはもう高校生やな。昔と何もゴリってないわ。皆40過ぎてるとは思えないほどゴリってたわ。いやあ、あれはなかなかの感動もんや。今もその興奮が頭の中をゴリっとるわ。

西川氏: (ゴリってるゴリってるって、意味わからんわ) そうですか。 大阪の高校でも、結構東京に同級生がいるんですね。

おっさん: そらそうやがな。このグローバルな世の中で何をゴリったこと言うとんねん。 わしなんか、大阪の高校出てアメリカでゴリっとるやないかい。東京なんかすぐそばやがな。まあ、今回のJAXA訪問も大成功やったし、今後もまた東京を訪れることがあるやろう。渡米から19年、ついにわしが堂々と日本を訪れることのできる時代が迫ってきた予感がしてきたで。 19年に渡るストーリーがクライマックスに向かって加速し始めた感じやな。来年の夏は一つの区切りになるかもな。いやあ、今回の訪問は素晴らしいもんやったわ。

西川氏: それは良かったですね。それでは今日はこの辺で。

おっさん: おっす! 冬の日本は最高や。今日も明日も食いまくるで! はっはっはっは!

Written by Katate Masatsuka

March 11, 2013 at 10:16 am

Posted in Interview

回想:青春の日本人学校 – Koby International Academy

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ミシガン大学大学院に入学して2年ほど経った頃、
ある人が私を探していると人づてに聞いた。
それは、Koby International Academy (KOBY)のコービィ氏だった。
連絡を取り、以前ちょくちょく顔を合わせた酒場で彼と再会した。
彼は「補習校をやめて、俺のところに来ないか」と言った。

その時代、デトロイト近郊には本格的に帰国受験に対応した予備校がなかった。
個人経営の学習塾は存在したが、帰国受験用の英語や数学等の科目を教える塾は無かった。
コービィ氏は、いずれ日本に帰国する日本人子女の為の本格的な学校を作るべく、
通訳として活躍していた会社を辞め、1993年、KOBYを設立したのだった。
一通り話を聞き、私は彼の話に共感した。
「それは是非ともやりましょう」
私は臨時講師要員として待機中だった補習校をやめた。

労働許可を取得し、私は大学院に通いながらKOBYで教え始めた。
それはちょうど私が結婚したころだった。
平日は夕方、土日は朝から、毎日のように教えた。
小学校の理科、中学校の数学、理科、高校の数学、物理、さらには
大学のMBAに在籍する社会人の方の統計学のチューターを勤めたこともあった。

私は自分の役割について明確なイメージを持っていた。
KOBYに入ってくる多くの生徒達から「俺は勉強する為にKOBYに来たんだ」
という言葉をよく聞いた。彼らを失望させてはならない。
私は「学べなければKOBYではない」をモットーに毎回の授業に望んだ。

その後、KOBYは飛躍的な成長を遂げた。
塾、予備校に止まらず、補習校、幼稚園、全日制にまで発展した。
そんな中、私は「青春の高校数学」全3巻を完成させた。

2007年、私はバージニアへ引っ越すことになり、KOBYを離れた。
その翌年の暮れ、KOBYはおよそ15年の歴史にピリオドを打った。
学校自体は同じ場所で別の学校として存続しているが、
私にとっては一つの情熱の時代の終わりを告げる出来事だった。
KOBYでのあの10年は本当に熱い10年だった。

Written by Katate Masatsuka

March 3, 2013 at 10:26 pm

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おっさんインタビュー「飛行機の中だからこそ、インタビューじゃないですか」

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平成25年3月3日のおっさんインタビュー
西川氏: 最近どうですか?

おっさん: まあ、ぼちぼちやな。

西川氏: いよいよ日本ですね。

おっさん: いよいよって、今飛行機で飛んでるとこやんけ。 こんなとこまで来てインタビューするのか? お前はアホなのか?

西川氏: 何を言ってるんですか。 飛行機の中だからこそ、インタビューじゃないですか。

おっさん:  何やねんそれ? お前は、ほんまもんのアホやな。

西川氏: ご冗談でしょ。おっさんなら当然知っていると思いますが、 インタビューというのは、ジェット機が開発された当初、パイロットがあまりの爆音に耳に激痛が走り 「耳イッタァー!」と叫んだところ、ジェット機がビューっと離陸したことが語源となっていますよね。 日本だと小学校で習うはずですから、まさか知らないなんてことないですよね?

おっさん: そ、そらあ、知ってるがな。 そう、耳がインターイ!となるほど質問されて、ビューっと答えていくのがインタビューや。 だから、飛行機でインタビューするのはごく自然なことや。そんなん当たり前やんけ。 ちょっとお前を試してみただけやがな。しかしまあ、お前、よう知ってたなあ。アホやけど、たまにはやるやんけ。はっはっはっは!

西川氏: (アホや。ほんまもんや) なんだ、そうだったんですか。 びっくりしましたよ。いやあ、やっぱりおっさんは凄いですねえ。では、今日はこの辺で。

おっさん: おっす! また後でインタビューしてくれよ! 空の旅はまだまだ続くさかいな! いやあ、わしって意外と博識なんやなあ、参ったなあ、はっはっはっは!

Written by Katate Masatsuka

March 3, 2013 at 8:46 am

Posted in Interview

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