Katate Masatsuka (方手雅塚)

Katate Masatsuka speaks.

Archive for August 2011

理念を語れない政治家を信用するのは難しい

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立派な志、理念、あるいは夢を持って始めたが、
現実に直面して苦悩し、ある者は去り、またある者は適応したり。

そんなことはどこの世界でもあると思うが、スポーツや政治の世界だけは
別だと言い切れるだろうか。かつてテレビで「実はゴルフ嫌いなんですよ」と
ぼやくプロゴルファーを見た。見たくなかった。嫌々プロゴルファーをやっている
ことを知ってしまったら、見るほうも萎えてしまう。一方、嫌々やっているとボヤ
く政治家は見たことが無いが、「皆が出ろというから出た」というセリフはどこ
かで聞いたことがあるような気がする。

政治家には日本という国に対する理念を持っていて欲しい。
それを語れない政治家を信用するのは難しい。
ラーメン屋に投資するとしよう。もうかるカラクリを熱く語る男と、
ラーメン哲学を熱く語る男の二人がいれば、私は後者に投資するだろう。
もちろん、美味しくなければ意味がないことは言うまでもない。

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Written by Katate Masatsuka

August 29, 2011 at 8:30 pm

Posted in General

インタビュー「やりたいことをやる人もおれば、やらなければならないことをやる人もおるんや」

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平成23年8月23日のおっさんインタビュー
西川氏: 最近どうですか?

おっさん: まぁ、ぼちぼちやな。

西川氏: お子さん達の将来についてですが、やはり研究者になって欲しいのでしょうか? それともやりたいことをやらせてあげたいと思っていますか?

おっさん: お前はアホなのか? 選択肢はそれだけかい? お前という奴はほんま、しんどい奴やのう。

西川氏: (あんたの方がしんどいわ) どういう意味でしょうか?

おっさん: 前から言うてるように、子供には別の道を歩んで欲しいと思とる。 でも、それは決してやりたいことをやれというわけではない。 世の中には、やりたいことをやる人間もおれば、やらなければならないことをやる人間もおるんや。 それは汲み取りの仕事かもしれんし、ごみ収集かもしれんし、ビルの清掃かもしれんし、あるいは政治家かもしれん。 誰かがやらなければ社会や組織が機能しない仕事というものがある。 そういう重要な役割をきっちりと果たすということも、これまた素晴らしいことや。 うちの子がそういう仕事を誇りを持ってやるならば、それは大変素晴らしいことや。 お前のように、「親の希望」または「やりたいことをやらせる」みたいな二者選択人生はあまりにも視野が狭すぎるわ!

西川氏: (うっとおしいおっさんやなあ) ああ、なるほど。

おっさん: だいたいからして、やりたいことが無い人間はどうしたらええねん! 後はもう親の言いなりになるだけの人生なのか! そんな不幸な人生など有り得んわ! 親に「お前はプロ野球選手になりなさい」と言われて、入団テストを受けたけどことごとく落ちて、メジャーリーグなら何とかなると思って渡米してみたらアメリカ人ばっかりでビックリしてしもて、しゃっくりが止まらなくなってベネズエラに亡命したら、ローマ法王みたいなオッサンにどつかれて再起不能になってしもたらどうするねん! または、親に「お前は歯医者さんになりなさい」と言われて、でも勉強もせず資格も無いから、とりあえずニコニコしながら適当に治療してたら医療ミス連発で国籍を剥奪され、地球人としてなら生きていけると思ってイギリスに入国しようとしたら入国審査で大爆笑されて、しょうがないから自分も大笑いしたらアゴが外れて、もがき苦しみながらフランスにたどり着き、「クロワッサーン!」と絶叫したらUFOに吸い上げられて焼きそばにされてしもたらどうするねん! ほんまにお前はアホなのか!

西川氏: (無茶苦茶やなあ) はあ。

おっさん: やかましい! だからこそ、若者には言うてやらないかんのや。 人生の生き方は様々であり、やりたいことがある者はやりたいことをやり、やりたいことがない者はやらなければならないことをやれと。 どちらかといえば、やらなければならないことをきっちりとやる人間の方が立派やんけ。やりたいわけでもないのに、誰かがやらなければならない役割をしっかりと担ってるわけやからな。 そうやって誰もが自分の人生に誇りを持つんや。 そしてそれは素晴らしいことや! お前のような二者選択野郎にはわかるまい! ぐわーっはっはっはっは!

西川氏: (何で笑ってるねん?) そうですね。 私もこれからはやらなければならないことをやって、立派に生きていこうと思います。 では、今日はこの辺で。

おっさん: わかればそれで良い! 頑張って、しっかりやれよー! UFOに気をつけろよー! いやあ、今日もまた良いことをしてしまったぜ。 ぐわっはっはっは!

Written by Katate Masatsuka

August 22, 2011 at 9:50 pm

Posted in Interview

インタビュー「全てはやらんでもええことをやってきたおかげや!」

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平成23年8月13日のおっさんインタビュー
西川氏: 最近どうですか?

おっさん: まぁ、ぼちぼちやな。

西川氏: またもや人生の岐路に直面しているようですね。

おっさん: まあな。 ただ、一筋の青春な光が見えてきたから、首の皮一枚で生き延びるかもしれん。 いずれにせよ、一つの転換期が来たな。

西川氏: 今までもいろいろありましたが、よくここまで生き延びてますね。

おっさん: 何やそれ? 人を死にかけのカブトムシみたいに言うな! わしは常にいつ消えても構わんという覚悟を持ってやっとるんや! 人に泣いて懇願したり、媚を売ったりしてまで生き延びても、そんなものは青春でも何でもないわ! 実力で生き延びてこそ価値があるんや! だからこそ、大学院時代は専門書を買いまくって読みまくり、気になることは納得いくまで調べて考えて、書けそうだと思ったプログラムは全て書いて、思いついたアイデアは全て試して論文的な形で書き記し、やらんでもええことを山ほどやったもんや。 ポスドク時代も、書けそうだと思ったことを書き続けて「青春の高校数学」全3巻を書き上げたし、作れるとわかった歌も作りまくったし、思いついたアイデアはどんどん試し、それはもう山ほどいろんなものを創り上げたもんや。 フルタイム研究者となってからも、片手間活動を続け、さらに時間外で独自のアルゴリズム開発の研究を続けてきた。 とにかく、やらなくてもいいことをやりまくってきたんや!

西川氏: (だから何やねんな?) はい、そうでしたね。 で、それが何か?

おっさん: だから、それが人生の岐路で大きな役割を果たしてきたんやないかい! お前はアホなのか! 最初のポスドクを見つけたのも、ある教授に「確か、君はこういうプログラムを書いたことは無かったよね?」と言われて、「いやいや、それは趣味で書いた経験があるっすよ。 知ってるっすよ、大丈夫っすよ!」「え、マジで? だったら話は早い。君を雇うことにしよう!」となったし、ここNASAに来ることができたのも、面接でのプレゼンテーションで今までやったことを全て話し、「君、これ全て一人でやったのかい?」「モチのロンですわ。まだまだこれからえらいことになりまっせ!」とかまし、「これだけのアイデア、知識、そしてプログラムの経験があるなら話は早いね!」となって、その後ちょっとモタモタしたけども、「わしを雇わなかったら、誰を雇うねん!」と思ってたら「おっさん、カモーン!」となったがな。 2009年に書いた本も、それまで何か思いつく度に書き溜めてきたノートが山ほどあったからこそ、書けると思ったし、書こうとも思えて、ほんまに書いたがな。 要するに、全ては余計なことを山ほどやってきたおかげというわけや。 やらんでもええことでも、やれるのであればやってしまえ! やれるのに、やらんでもええからやらないというのは意味不明であり消息不明じゃ!

西川氏: (やれると思ってもなかなか時間が無いもんやで。 ヒマなのか、このおっさんは?) そうですね。 やれることをやらなければ生き残れず、消息不明になりますよね。

おっさん: あたぼーちゃんよ! 生き延びるのも人生なら、生き残れないのも人生。 生き残れないこと自体は問題ではない。 生き残れないとなったときに、最後の最後まであきらめず、やれることは力の限りやったのだという青春のストーリーが欲しいんや。 それさえあれば、胸を張って新しい人生をスタートすることができるんや。

西川氏: (わからいでもないけど、燃え尽きてしまいそうやん。) そうですか、素晴らしいですね。 私も青春のストーリー人生を送れるよう、やらなくてもいいことを一杯やりたいと思います。 では今日はこの辺で!

おっさん: おう! やらなあかんことを忘れるぐらい、やらんでもええことやりまくれ! それで首になっても、わしのせいにするなよ! はっはっはっは!

Written by Katate Masatsuka

August 12, 2011 at 9:42 pm

Posted in Interview

論文の著者として名を連ねる条件

with 2 comments

研究論文には複数の著者が名を連ねている場合が多々ある。
何がしかの貢献をしたからこそ名を連ねているのだと思うが、
果たしてどれほどの貢献をすれば著者の一人として認められるのだろうか。
以下のような条件を思いつく。

1.研究の根幹となるアイデアを提案した者
2.論文を(部分的にでも)執筆した者
3.研究結果を得るのに必要不可欠な仕事をした者
4.研究活動に継続的に参加し、有用な助言をし続けてきた者

逆に、著者として名を連ねるに値しないのは、論文や研究の内容に対して一度や二度アドバイス
したり建設的批判をしただけの者。例えば、ジャーナル等のReviewerが建設的なコメントをし、
それによって最終原稿の質が大きく向上したとしても、およそ著者の一人とはなり得ない。
もちろん例外もあろうが、そういう者の名を記すのに適した場所は謝辞であろう。

換言すれば、著者として名を連ねられるかどうかは、コミットしているか否かと言えるかもしれない。

以上のような判断に基づき、ポスドク時代に、“ボス” の名前を入れずに一人で
論文をジャーナルに投稿し、受理されたことが二度ある。心配・批判する第三者がいたが、
“ボス” からのお咎めは無かった。その論文に関しては上の条件のどれも満たしておらず、咎めようも無かった。

Written by Katate Masatsuka

August 8, 2011 at 6:06 pm

Posted in Research

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