論文の著者として名を連ねる条件
研究論文には複数の著者が名を連ねている場合が多々ある。
何がしかの貢献をしたからこそ名を連ねているのだと思うが、
果たしてどれほどの貢献をすれば著者の一人として認められるのだろうか。
以下のような条件を思いつく。
1.研究の根幹となるアイデアを提案した者
2.論文を(部分的にでも)執筆した者
3.研究結果を得るのに必要不可欠な仕事をした者
4.研究活動に継続的に参加し、有用な助言をし続けてきた者
逆に、著者として名を連ねるに値しないのは、論文や研究の内容に対して一度や二度アドバイス
したり建設的批判をしただけの者。例えば、ジャーナル等のReviewerが建設的なコメントをし、
それによって最終原稿の質が大きく向上したとしても、およそ著者の一人とはなり得ない。
もちろん例外もあろうが、そういう者の名を記すのに適した場所は謝辞であろう。
換言すれば、著者として名を連ねられるかどうかは、コミットしているか否かと言えるかもしれない。
以上のような判断に基づき、ポスドク時代に、“ボス” の名前を入れずに一人で
論文をジャーナルに投稿し、受理されたことが二度ある。心配・批判する第三者がいたが、
“ボス” からのお咎めは無かった。その論文に関しては上の条件のどれも満たしておらず、咎めようも無かった。

同意です。結構そんな倫理観通用しないような人、業界も多々あると思いますが。Contributionなしだけど、お金もらってるとかの理由で、好意で共著者に入れてあげた、ということも自分は何度かありますが、それを断られた事ないです。ここではっきりと「俺はcontributionないから名前載せないでいい」とハッキリ言えるかどうかが「本物」かどうかの違いかと個人的に思いますが、tenureを持ってる人でもそこまでの正直者はなかなか居ないようなので、結局正直者は損するのかな、とか思ったりします。
知己
August 9, 2011 at 1:34 am
一部の人の頭の中には、追加条件として、
5.出資した者、あるいは雇い主の立場にある者
6.他の著者の判断によって名を入れられてしまった者
といったものがあるのかもしれない。
Katate Masatsuka
August 9, 2011 at 5:58 am